鍵山正和の若い頃がイケメン!経歴と成績を画像付きで紹介

鍵山正和の若い頃がイケメン!経歴と成績を画像付きで紹介エンタメ・語学・仕事etc.

2022年北京オリンピックに出場している鍵山優真選手。
男子フィギュアスケートシングルでは見ごと銀メダルを獲得しました。

そんな鍵山優真選手の父親は鍵山正和さんです。
鍵山正和さんは鍵山優真選手のコーチでもあります。

鍵山正和さんもかつてフィギュアスケートのイケメン選手として活躍されていました。
鍵山正和さんは顔がイケメンなだけでなく、なんと現役時代にはオリンピックにも出場されているんです!

そこで、この記事では「鍵山正和の若い頃がイケメン!経歴と成績を画像付きで紹介」と題して、鍵山優真選手の父でコーチの鍵山正和さんの若い頃のイケメン姿や昔の経歴と成績を画像付きでご紹介します。
鍵山正和さんの現役時代の動画も紹介していますので、ぜひご覧ください^ ^

鍵山正和の若い頃がイケメン!

鍵山優真の父・鍵山正和(かぎやま まさかず)さんは1971年4月12日 生まれの50歳です。
(2022年2月時点)

鍵山正和さんは愛知県名古屋市で生まれ、かつてフィギュアスケート選手として活躍し、現役を引退した現在は鍵山優真選手のコーチをしています。

鍵山正和の現役時代がイケメン!

鍵山正和さんは現役時代、とてもイケメンな選手として知られていました。

いわゆる塩顔イケメンだと感じます。
すっとしたお顔をされていますよね^ ^

鍵山正和と鍵山優真は似てる?

鍵山正和の若い頃がイケメン!鍵山優真父の昔の経歴を画像付きで紹介3
引用:Twitter

右が鍵山優真さん、左が父・鍵山正和さんです。

写真を見比べてみるとお顔もですが、特に目の感じが似ていますよね!

鍵山正和の若い頃がイケメン!鍵山優真父の昔の経歴を画像付きで紹介5
引用:時事通信社Twitter


こちらは2022年北京オリンピックで銀メダルを獲得した時の鍵山優真さんと鍵山正和さんの画像です。
マスク越しに2人とも笑顔なのが伝わってきますが、目元がとても似ていませんか?
2人の仲の良さも伝わってきて、とても素敵な写真だと思います^ ^

鍵山正和と鍵山優真は身長も似てる?

鍵山正和さんの身長は160cmです。
そして、息子の鍵山優真さんの身長は2022年2月時点で161cmです。

親子で身長に差がないことがわかります。
(ちなみに、鍵山優真選手の憧れの人物である宇野昌磨選手も158cmです)

鍵山優真選手はまだ18歳なのでもしかしたらもう少し身長が伸びる可能性はありますが、3人並ぶとすごく小柄なのが分かりますね!

鍵山正和と鍵山優真のスケートを滑る姿も似てる?

鍵山正和さんと優真選手はお顔だけでなく、スケートを滑る姿も似てるんです。

このように2人のスケーティング姿が似てると感じる人が多かったです。

鍵山優真さんが父親のフィギュアスケートの技術を受け継いでいる証拠ですね!



こちらは鍵山正和さんのスケーティングの動画です。
動画再生の青いボタンを押すとそのまま動画再生に移りますよ^ ^

鍵山正和と鍵山優真はスヌーピー好きも似てる?

鍵山優真さんはスヌーピー好きで知られていますが、鍵山正和さんも現役時代にスヌーピーを抱えていらっしゃいました。

親子そろってスヌーピー好きなのかもしれませんね!
お顔だけでなく、好きなキャラクターまで一緒とは性格や好みも似ていると思うと微笑ましいですね^ ^

ちなみに鍵山優真選手が抱いていたスヌーピーのぬいぐるみは“ピーナッツハグハグシリーズ“のMサイズです。

鍵山正和の若い頃の経歴と成績を画像付きで紹介


ここからは鍵山正和さんの若い頃の経歴や成績を画像付きでご紹介します。

  • フィギュアスケートを始めたのはいつだったのか?
  • フィギュアスケートを始めたきっかけは?
  • 出場したオリンピックは?
  • 現役時代の成績は?
  • 引退したのはいつ?
  • 離婚歴がある?
  • 子供は何人?
  • 鍵山正和さん・優真さん親子に訪れた試練とは?


についても書いていますので、ぜひご覧ください^ ^

鍵山正和さんがスケートを始めたのはいつ?

鍵山優真選手の父・鍵山正和さんがスケートを始めたのは小学2年生の頃です。

鍵山優真選手の祖母で正和さんの母である平川佐治子さんが正和さんを名古屋市内のスケート教室に連れて行ったことがきっかけでした。

最初は平川佐治子さんの方がスケートにのめり込み、鍵山正和さんと一緒に教室に通ったそうです。

そうこうしているうちにスケート教室の先生から「この子はいいかもしれない」と正和さんを褒められた佐知子さんは、正和さんに個人レッスンを受けさせ始めます。

佐知子さんはシングルマザーだったのですが月謝が3万と高く、大変苦労したそうです。
佐治子さんが衣装のスパンコールを縫い付けたりと鍵山正和さんを全面的にサポートされていました。

鍵山正和が出場したオリンピックは?

鍵山正和さんは1991年から全日本フィギュアスケート選手権で3年連続で優勝するほどの実力者になります。

そして、鍵山正和さんは1992年にオリンピックに初出場を果たします。

鍵山正和さんが出場したオリンピックは

  • 1992年アルベールビル大会・・・13位
  • 1994年リレハンメル大会・・・12位

の2大会です。

20歳の時にオリンピックに初出場し、22歳の時に2度目のオリンピックに出場したのですが、惜しくもオリンピックで8位入賞には至りませんでした。

鍵山正和の現役時代の成績は?

現役時代の国内の成績は

  • 全日本ジュニア選手権(1987-88)・・・1位
  • 全日本ジュニア選手権(1988-89)・・・1位
  • 世界ジュニア選手権(1988-89)・・・3位
  • 全日本選手権(1989-90)・・・2位
  • 全日本選手権(1990-91)・・・1位
  • 全日本選手権(1991-92)・・・1位
  • 全日本選手権(1992-93)・・・1位
  • 全日本選手権(1993-94)・・・2位

です。


そして、世界大会での成績は

  • 世界ジュニア選手権(1987-88)・・・10位
  • 世界ジュニア選手権(1988-89)・・・3位

  • NHK杯(1989-90)・・・8位

  • 世界選手権(1990-91)・・・10位
  • NHK杯(1990-91)・・・11位

  • 世界選手権(1991-92)・・・19位
  • NHK杯(1991-92)・・・4位
  • オリンピック(1991-92)・・・13位

  • 世界選手権(1992-93)・・・8位
  • NHK杯(1992-93)・・・6位
  • ユニバーシアード(1992-93)・・・3位

  • 世界選手権(1993-94)・・・6位
  • NHK杯(1993-94)・・・4位
  • オリンピック(1993-94)・・・12位

です。

日本国内では鍵山正和さんはぶっちぎりに強かったことが分かりますね。
お顔もイケメンで実力もあったとは相当モテたのではないでしょうか?

鍵山正和の引退はいつ?

鍵山正和さんが引退したのは1994年です。
1994年の全日本フィギュアスケート選手権では及川史弘さんに次ぐ2位に終わり、1994年世界選手権で自己最高の6位入賞を果たしました。

そして、この大会を最後に現役を引退をしました。
そして、1994年から9年後の2003年5月5日に息子である鍵山優真選手が生まれます。

離婚歴がある?

鍵山正和さんは2度離婚歴があるそうです。

しかし、鍵山優真選手の母親の情報はほとんどないので、鍵山優真選手がどちらの時のお子さんに当たるのか分かりませんでした。

子供は何人?

鍵山正和さんには3人のお子さんがいらっしゃいます。

鍵山優真選手には姉と弟がいるんです。
しかし、離婚した際に鍵山正和さんに引き取られのは鍵山優真選手だけでした。


なので、現在の家族構成は

  • 祖母(平川佐治子さん)
  • 鍵山正和さん
  • 鍵山優真さん

の3人になります。


優真選手にはフィギュアスケートの才能があったので、優真選手だけが父親の正和さんに引き取られたのかもしれませんね。
詳しいことは分かりませんが、家族の形は人それぞれなのでこれ以上は詮索しないでおこうと思います!

鍵山正和さん・優真さん親子に訪れた試練とは?

鍵山優真選手が中学3年生だった2018年に、鍵山正和さんは脳出血で倒れます。

鍵山正和さんはシングルファザーとしてコーチとしても父としても鍵山優真選手を支えてきました。
しかし、2018年に鍵山正和さんが脳出血で倒れてからは鍵山優真選手も父に甘えることができなくなります。

鍵山優真選手は、父の正和さんが倒れた後は自分で練習メニューも考えるようになり、病床の父に練習動画を送ってアドバイスをもらうなど逞しい姿を見せるようになったそうです。

鍵山優真選手は自分が頑張れば父の病気も良くなると信じて、フィギュアスケートの練習も頑張ったと言っています。

そういう大変な時期を乗り越えたからこそ、鍵山優真選手は今開催されているオリンピックという大舞台でも安定した滑りができるのかもしれませんね!

鍵山正和(鍵山優真父)の現役時代の画像を紹介

最後に鍵山正和さんの現役時代のイケメン画像をツイッターからご紹介します。

こうしてみると、鍵山正和さんの若い頃ってすごくイケメンですよね!

それにしても、親子2代でフィギュアスケートのオリンピック選手になるのはやっぱりすごい事だと思います。

並々ならぬ努力をしてオリンピック選手になり、その後は病気を乗り越えて父としてコーチとして活躍する父・鍵山正和さんにも注目です!

鍵山正和さんは脳出血で倒れられました。
一部記事には脳梗塞で倒れたとありますが、

・脳梗塞・・・血管がつまる病気
・脳出血・・・血管が破れる病気

なので違います。
ただし、どちらも脳へのダメージが加わり後遺症が残る可能性が高いことに変わりありません。

鍵山正和さんは麻痺が残り、長いこと車椅子生活をしていました。
現在も杖をついて生活しているようです。

リハビリも相当頑張られたのではないかと思います。

脳出血で倒れた父を支えた鍵山優真選手も当時はまだ中学3年生で大変だったと思いますが、親子で試練を乗り越えてきたんですね。

オリンピックという大舞台で安定的な滑りをする鍵山優真選手を見ていると本当に精神的に強い方なんだなぁと感じます。

鍵山正和の若い頃まとめ

この記事では「鍵山正和の若い頃がイケメン!経歴と成績を画像付きで紹介」と題して、鍵山優真選手の父でコーチの鍵山正和さんの若い頃のイケメン姿や昔の経歴と成績を画像付きでご紹介しました。

鍵山正和さんの若い頃の経歴や成績を簡単にまとめると

  • 鍵山優真選手の父は鍵山正和。
  • 鍵山正和さんもフィギュアスケート選手だった。
  • 鍵山正和さんは現役時代に2度オリンピックに出場(初出場は20歳の時)。
  • 鍵山正和さんは1994年に引退。その9年後に息子の優真が誕生。
  • 鍵山正和さんは母子家庭で育った。
  • 鍵山正和さんは2度離婚しており、鍵山優真選手は父子家庭で育った。
  • 鍵山正和さんが2018年に脳出血で倒れてから、鍵山優真選手は精神的にも強くなった。

となります。


ちなみに、鍵山優真選手はフィギュアファンの間で『ゆまち』と呼ばれており、父親の鍵山正和さんはそれにつられて『ぱぱち』と呼ばれています。

今後のゆまち選手とぱぱちコーチにも注目ですね!
この記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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